「サムライ」を観て

  • 山口愛理
  • 2022/08/28 (Sun) 11:35:41
『サムライ』1967年フランス 原題/Le Samurai監督/ジャン=ピエール・メルヴィル
アラン・ドロン主演のフレンチ・ノワールの傑作。薄汚れたこの時代のパリが、ある意味たまらなく美しい。
冒頭、『武士道』からの引用「侍ほど深い孤独の中にいる者はいない。おそらくそれは密林の虎以上だ」の文言が流れる。サムライを意識させるのはここだけ。殺風景な部屋に一羽の小鳥の声だけが聴こえる。誰もいないのかと思ったらベッドから細い煙が。横たわっていたアラン・ドロンが煙草をくゆらせていたのだ。孤独な殺し屋の、つかの間の休息を感じさせる長い印象的なオープニング。
そして「仕事」に出かける前に身支度を整えるドロンの所作の美しさ。スーツの上にベージュのトレンチ・コートを羽織りベルトをキュッと結び、グレーの中折れ帽を目深にかぶって、つばの淵を手でシュッと一回なぞる。これがサムライの凛とした身支度と重なるのだろうか、映像的にパルフェ!完璧だ。
殺し屋のドロンは、手違いから警察と組織の両方に追われることになり、知恵と体力を駆使しながら、警察から逃れ組織への復讐を果たしていく。警察を相手にした地下鉄での逃亡シーンは、その後の色々な映画に影響を与えたらしいが、緊張感とスピード感が素晴らしい。そして盛り上がった末のラストシーンのあっけなさ。これぞフレンチ・ノワールだ。
ストーリーそのものがどうこうというよりも、ドロンの所作と風貌の美しさ、そして無駄のない乾いた映像美を堪能する映画。『太陽がいっぱい』『山猫』などの芸術的名作や、『あの胸にもういちど』『栗色のマッドレー』などの恋愛ものなど、何を演じても絵になるドロンだが、フィルム・ノワール(犯罪映画)のドロンもまた格別だ。
女性遍歴の多かったドロンが唯一、籍を入れた妻ナタリー・ドロンが高級娼婦役で共演している。ちなみに、演技に目覚めた彼女が女優の道に邁進したくなったことが原因で、後に離婚することになる。彼女は生涯ドロンを名乗り、お互い老齢となってからも長男を交えて親交があった。残念なことに彼女は昨年、病気で急逝した。86歳になったアラン・ドロンは引退後に脳卒中を患っていたが、今はスイスで療養しているという。時代は確実に流れた。
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